「道徳」は何の役に立つのか?
~道徳授業実践例~

昨年勤務校で道徳授業を担当し生徒には好評でした。自分の中では「退官記念講演」と位置づけ、よくできた授業だったと満足しています。
(ここ20年特別支援学級担任を続けていたため、通常の学級の教育に関わってきませんでしたが、最後の年に学年のお手伝いをすることになり、各クラス年3回の道徳授業を担当しました。)

今回第1回の授業「なぜ道徳を学ぶのか?道徳は何の役に立つのか?」を授業実践例として紹介します。

【導入】人生の目的とは何か?
・「なぜ道徳を学ぶのか?道徳は何の役に立つのか?」と問いかけ、「人生に役に立つか?人生の目的は何か?」を考えさせる。
・富、名声、名誉、出世などの答えから『人に誇れる人生』に集約し、「道徳はこれにはあまり役立ちそうにない」と整理する。
・『人に誇れる人生』に対してもう一つの価値軸『○○な人生』があるのではないかと提起しそれを考えるのに題材の話を紹介する。

【題材】ある女性の話
「ある女性の話をします。女性と言っても戦前生まれなのでとっくにおばあさんです。更に数年前に90幾つで亡くなっています。そういう人の話です。
その人の一番の特徴は“社長夫人”です。旦那さんは会社の経営者で社長さんです。会社と言っても大企業とかではなくこの辺にもあるような会社です。でも従業員は100人近くいたので、そこそこの会社だと思ってください。
家はいわゆる高級住宅街にそれなりの広さの塀で囲まれた敷地があり、その中にお家があってその前はお庭、そういう暮らしです。
子どもは3人いて3人とも大学を出て立派に社会人になって、そのうちの一人がお父さんの跡を継いで今の社長さんです。」

・ここまででその女性の人生について評価を聞き、『人に誇れる人生』を達成できていることを押さえる。

「でもこの女性には一つ因縁話があります。この話をするには過去に遡らないといけません。」

・この後実際に話した内容は生々しい部分もあるので、かいつまんで記すと
・その女性は終戦前とても貧しい暮らしをしていたが、それを助けてくれた恩人がいる。
・その恩人を裏切る形で今の豊かさを得、その後の人生につながる。恩人とは絶縁する。
・晩年を迎えるころ、突然恩人の墓参りをしたいと思い立つ。
・墓の所在を恩人の家族に尋ねるが、断られ墓参りできずに生涯を閉じる。

・話を終え、発問する。
①その女性はなぜ恩人の墓参りをしたくなったのか?
②なぜその時期(晩年を迎える頃)だったのか?
③その女性は幸せだったか?

・自由に発言させたのち、以下の収束に導く。
①恩人に謝りたかったのだろう。
②自分の人生が残り短いと思った時、どうしても謝りたくなったのだろう。
③全体的には幸せだったが、そのことについては後悔を残しただろう。

【展開】『己に恥じない人生』
・初めに提示した『人に誇れる人生』に対する価値軸は『己に恥じない人生』ではないかと示す。そして道徳はこちらの方に役立つのではないかと提起する。

・「ここまで話してもまだ皆さんにはピンとこないでしょう。それは多分あなた方のお父さんお母さんも一緒だと思います。」と投げかけ、論を展開する。
「それは皆さんが『自分の人生を切り拓くのに一生懸命』だからです。つまり『前を向いて歩いている』そして後ろは見ていない。だから自分を通り過ぎて行ったものは目に入らない。目に入らないからあまり気にならないし、忘れてしまえたりする。」
「でもそれはいつまでも続かない、いつか終わりが来ます。自分の前にどこまでも続いていると思っていた道が、実はそうではないことに気が付きます。その時人は初めて振り返ります。『自分の人生はどんなだっただろう?』と。そして後ろを見たときにこれ(『己に恥じない人生』)が目の前に現れます。」
「この女性が恩人の墓参りをしたくなったのも、多分そういうことなのでしょう。」
「人は数多の後悔を抱えます。「あのときこうしておけば良かった」「あんなことしなければ良かった」でも痛恨の後悔はできれば避けたい。そのためのナビが『道徳』なんだと思います。」
「もちろんナビはあくまでもアドバイスで無視しても構いません。でも過去の経験からの知恵として聞く価値はあると思えば役立てることはできる。そんなものだと思っておけば良いのではないでしょうか?」

・生徒に道徳の意義を考えさせ、時間が余れば自由討議に繋げる。

【おまけ】趣味でCCRの歌を紹介しました。
・「昔『いつかおまえにも分かるさ(someday you’ll understand.)』という歌詞の歌を聞きました。」
「こんな歌です。
昔俺がガキだったころ
親父にいろいろなことを聞いた。親父はいつもこういった。
『いつかおまえにも分かるさ(someday you’ll understand.)』
だから俺は大人になったら何でもわかると思っていた。
今俺は大人になり、俺の子供に何か聞かれるたびこう答える。
『いつかおまえにも分かるさ(someday you’ll understand.)』
でも実は何もわかっちゃいない、何一つ。でも答えている。
『いつかおまえにも分かるさ(someday you’ll understand.)』」
『いつかなんて日は決して来やしない(someday never comes.)』
という歌です。若いころはこの歌を聞いて感動しました。」
(自分なりにかなり意訳しています)
「でも今は違うように感じています。父親や母親になったくらいではまだ分からない、爺さん婆さんと言われるようになってやっと分かることもあるのではないか、そう思う今日この頃です。」
「あなた方にもまだお爺さんお婆さんは元気でいると思います。いろいろな話を聞いてみてください。もしかしたらとても面白いとても為になる話が聞けるかもしれません。今の内ですよ。(知らんけどw)」
と締めくくりました。

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